辰山直弟子 松江那津子

師から。

中世の技法で根来塗を作るにはどうしても通らなければいけない道があります。即ちそれは木と塗りとの間にある漆下地が重要で、その事により角が欠けにくく沸騰したお湯も入れることが出来る往時の堅牢さを持った根来塗が生まれます。ですが下地作りは難しく私が教えている中で誰一人として真面に習得したものはおりません。ですが那津子さんは今までに何百人と教えてきておりますが初めてまともな下地が出来る人だと思っています。私が教えた中で唯一の人だと言っても過言ではありません。

根来塗師 池ノ上 辰山

眉間寺三ツ椀 ①

松江那津子作 眉間寺三ツ椀

根来塗との出会い。

大学では樹木の事を学び、木を使った工芸に興味がありました。社会人になってからも色々なものを見ようと美術館や博物館を巡る中 で中世の根来塗も度々見る機会があり、“朱が塗られていて黒の出ている塗り物”というのが私のイメージする根来塗でした。それが初めて師と出会いその作品を見た時、自分がこれまで考えていた根来塗とのあまりの違いに愕然としました。華やかな朱色で塗られた作品には潔く美しい刷毛目が残り、黒は一点も見える素振りもありません。

黒がない。使用していない。新品。

中世の技法。

今まで見てきた根来塗は使いこまれたもので、中世に作られた根来の、黒がない、使用していない、新品、黒が見える前の姿とはこういうものだ、使われていない根来はこんな気品のある堂々とした清潔感のある塗り物だと言うことを目の当たりにしました。

普段に使用することができる。

師に話をお伺いすると、「当たり前だけれども中世に作られた根来は黒が一点も見えていない朱色の塗り物です。それが使い込まれる事により擦れ、磨滅により黒が見えてきたのです。中世の技法で作られた根来は沸騰したお湯を直接注ぐことが出来、普段使いが出来ます。」とのこと。美術館や博物館に収められている様な作品を自分が手にし、実際に普段に使い込み一から育ててゆける、そんな素晴らしい塗り物があったのかと言う驚きです。そのような塗り物を、出来ることなら自分も作ってみたいと辰山先生に弟子入りを決意しました。

賞について。

師と応援して頂いている皆さまのお陰で、トヨタ レクサスが主催するLEXUS NEW TAKUMI PROJECTの和歌山県代表として選出して頂きました。大きな驚きと喜びで胸が一杯になったのはもちろんの事、自身を皆様に知って頂ける様になったことが自分の何よりの宝だと思っております。レクサスの匠に恥じないよう良きものを作っていく所存です。

椿椀 内(辰山作)

岩出市民俗資料館内根来塗工房に、賞を記念して和歌山県仁坂知事が訪問

中世の技法を求めて。

中世の技法で重要なのは“箆立て”箆を作るということです。下地を作るということは言い換えれば、箆で本地や錆を付けていく、その場所に適した箆を作業前に数分で作る技術です。 師の中世の下地を作る背中を見、追いつこうと追い求め、中世の技法の根来を作るということがどれ程大変であるか、雑念が多い現代人とは違い中世の人は一心にこの事だけを追い求め作品作りをしていたのであろうと思います。の神がかった技術を見ていると、とても追いつけない、けれども追い付きたいと思い定め、塗師屋小刀の刃砥ぎ、箆立て(箆を作る)、下地付け等、500年の時を超え復興して頂いた、師と河田先生とで共に考えて頂いた技法、現代と全く違う技法の漆器作りを探求しています。師がいつも言っている「根来塗の基(もとい)は下地にあり、下地の基は箆立てである」と心に繰り返し修練に励んでおります。

椿椀 内(辰山作)

「角切三ツ椀折敷」 レクサス匠プロジェクト受賞作品

作りたい。

師の作る根来を私も作りたい。その想いで手に血豆を作りながら箆立ての修練に励んでおります。根来は使いやすく、それでいて美しい形。丈夫で長く愛用してもらえる器を作りたい。刷毛跡には塗師の精神性が宿ると言われます。飾らない、素直な刷毛目を残せるよう、人間的にも成長していければと考えています。師の錆付けが終わった直後の作品を見ていると、なぜかつるりと光り輝き神々しく見えます。刃物の切れがよいのか付け方が良いのか、どこをどうすればこういう風になるのか、作業の一部始終を見ていても解りません。やはりこれが腕というのか、そんな憧れとともに幻と言われた中世の技法の最高峰を間近に見られることに感謝し、少しでも近づけるよう邁進し精進してまいります。

辰山直弟子 松江那津子

読売新聞